「17条憲法」
「ただ同時にね、僕が嘘だと思ったのは『きけわだつみのこえ』です。僕はこれは嘘だと思った。というのはね、もちろんそれは本拓されたものです。ただね、あの時代の青年が一番苦しかったのはね、ずっとナンバースクールでやってきたドイツ教養主義と日本というものとの融合だったんですよね。僕は戦争末期の青年というものは、東洋と西洋と言いますか、日本と西洋というものとの思想的ギャップに身悶えしたと思うんです。そこを突っきっていったやつは、単細胞だから突っきって行ったとは僕は思わないんです。やっぱり僕は人間の決断だと思うんです。決断したやつは馬鹿でね、そして決断しなくて迷ってたやつが立派だという考えは、僕は許せなかったんです。」(三島由紀夫「古林尚との対談ー最後の言葉」)
あれからもこの思想的ギャップは姿を変え、また浮き沈みしながらその命脈を保ってきた、
あれから70年、そろそろと、そしてじんわりと、またその決断の機に迫られつつある。
「和(やわらぎ)を以って貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗(むね)とせよ。人みな党(たむら)あり、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」
(17条憲法「第1条」)
この仏教に由来する道徳的倫理的根本規範は人々の心身に沁み入り静かに確かに伝承されてきた。
「天皇は神聖にして侵すべからず」(明治憲法第3条)
明治維新に逢着してもこの道徳的倫理的規範はこの国の中心をなした。
70年前、青年たちが身悶えしながらそのギャップを突っきっていったあとも、なお、この道徳的倫理的規範は新たな日本国憲法の第1章として保たれている。
「核保有国になり得ないとする日本国憲法を、私たちが書いていたことを彼(トランプ氏)は知らないのか」(バイデン副大統領)
おそらくトランプ氏は知っている
「私たちはその第1章も書いた」ことも。
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