「西鉄ライオンズ」
1番高倉、
2番は仰木か、豊田だったか、
3番大下、4番中西、5番関口、
そう、田中久寿男もいた。
あの野武士たちは、広い空の下青々と茂った芝生のグラウンドで、思い切り投げ、打ち、走りして、存分に野球を楽しんでいた。
ザーザー雑音まじりのラジオ、ザラザラ画面のテレビ、
その前で野球小僧たちは、野武士たちの一挙手一投足に耳をそばだたせ、目を輝かせていた。
大きくなったらあんなに遠くに飛ばせるんだ、
大きくなったらあんなに速く走れるんだ、
大きくなったらあんなに速く投げれるんだ、
大きくなったらもっともっと楽しい野球をやれるんだ。
見る間に大きくなった野球小僧は、甲子園という舞台で何本も大きなホームランをかっ飛ばし、グラウンド、テレビの前の多くの観客が熱狂し沸き立った。
甲子園のヒーローは、もっと大きなホームランを何本も何本もかっ飛ばす姿を、グラウンド、テレビの前のもっともっと多くの観客が熱狂し沸き立つことを夢見ていた、
そしてドラフト会議を待った。
そこで甲子園のヒーローは知った、
ドラフト会議の参加者たちの姿を、
彼らは、グラウンドで打ったり走ったり投げたりして野球を楽しんでいる人達ではなかった、
以前はそうだった人もいまは、砂と汗にまみれたユニフォームじゃなく、瀟洒なスーツとネクタイに身を包み、泥まみれのスパイクじゃなく、磨き上げられた革靴を履きこなしていた。
彼らがやっていることは取り引きだった、
そこで彼らは、甲子園のヒーローを、そのヒーローに熱狂し沸き立つ観客を数字に置き換えて取り引きをしていた。
それでも、甲子園のヒーローは、新しいグラウンドで何本も何本も大きなホームランをかっ飛ばしてたくさんの観客を熱狂させ、沸き立たせた。
やれば楽しいんだ、野球はこんなにも楽しいんだ、大きなホームランを打てばどんなに嬉しいか楽しいか、ほら見てほしい、いっぱい楽しんでほしい、っていつもいつも呟きながら。
やがて甲子園のヒーローは思うようには大きなホームランを打てなくなった、
大きなホームランを打つ嬉しさ楽しさがどんどんと遠のいていった。
そしてある日甲子園のヒーローは、それまで、楽しい野球をするために、大きなホームランを打つために鍛え上げてきた、そのみずからの身体に大きな刺青を刻み込んだ。
甲子園のヒーローを、そのヒーローに熱狂し沸き立つ観客を数字に置き換えて取り引きをする世界と決別するために、
もう戻れない、大きなホームランをかっ飛ばし観客が熱狂し沸き立つ、あの嬉しい楽しい世界に、みずからの別れを告げるために。
いま甲子園のヒーローは幻を見ているだろうか、
あの野武士たちが思いっきり打ち走り投げて楽しんでいるグラウンド、
そのグラウンドの右バッターボックスでバットを垂直に立てる、
ピッチャーマウンドから投げ込まれる剛速球をバット一閃、
ものの見事にはじき返した白球が遠く高く場外に消えていく、
満員の観客が熱狂し沸き立つ、
右手拳を突き上げゆっくりとベースを回る、
ホームで野武士たちチームメートたちが迎える、
その腕の輪の中へと勇躍してジャンプする、
そんな幻を見ているだろうか。
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