「サウルの息子」
「今夜、すべての都市、すべての町のすべてのアメリカ国民に私はこう約束します。 私たちはアメリカを再び強くします。 アメリカの誇りを取り戻します。 アメリカを再び安全にします。 そして、アメリカを再び偉大にします。 皆さんに神のご加護を。おやすみなさい。皆さんを愛しています。」
(ドナルド・トランプ 共和党大統領候補受諾宣言)
国の指導者は、国家幻想の長として国民に幸福と安全を約束する。
約束しなければ指導者になることはできない。
国の指導者は、「その他の国の人」に幸福と安全を約束しない、
それができないことを知っている。
国家幻想の長である他の国の指導者はすべて同じ並びにある。
「神」を信じる指導者はその宗教幻想の長として信仰を同じくする人の加護を祈る。
祈らなければ指導者になることはできない。
「神」を信じる指導者は、「その他の神を信仰する人」の加護は祈らない、
それができないことを知っている。
宗教幻想の長である他の宗教の指導者はすべて同じ並びにある。
異なる国の指導者、異なる宗教の指導者は、それぞれの相対を知る。
この相対を知る指導者は、異なる国々、異なる宗教との融和の限界をまた思い知る。
そのとき異なる国の指導者、異なる宗教の指導者は、その相対者の殲滅という見果てぬ幻想にふと誘われる。
この見果てぬ幻想に取り憑かれた指導者に命じられ、同胞者を黙々とガス室に押し込んでは死体処理をする、
その男サウルの名もすでに抹殺の計画名簿に記されてある、
サウルの最後のただ一つの願いは惨殺された「息子の埋葬」であった、
その儚い願いも虚しくサウルは銃弾を浴びて果てる。
(映画「サウルの息子」監督メネシュ・ラースロー)
それからほどなくして、その見果てぬ幻想に取り憑かれた指導者は拳銃でみずからの顳顬を撃ち抜いて果てた。
その指導者は、国民に約束した幸福と安全も神の加護の祈りも果たすことはなかった、
それでもその指導者は、国民らからの無数の憎しみの銃弾を浴びることなく、一人地下室で果てた。
その指導者は、取り憑かれた相対者殲滅の幻想を見果てることはなかった、
それでもその指導者は、その相対者からの無数の憎しみの銃弾を浴びることなく、一人地下室で果てた。
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